SUZUKA 8 HOURS 鈴鹿8時間耐久ロードレース

八代俊二が斬る! 八代俊二が質問に答えるQ&A

FIM 2006 世界耐久選手権シリーズ第5戦 “コカ・コーラ” 鈴鹿8時間耐久ロードレース 第29回大会 2006.7.27?30開催
鈴鹿8耐まで、あと1ヵ月・・・!! 世界を知る元GPライダージャーナリスト 八代俊二が語る、熱戦の見どころ勘どころ!
八代俊二 八代俊二
1960年生まれ。24歳で国際A級に昇格した頃から執筆活動も開始する。昇格1年目でTT−F1初代チャンピオン。'86年から最高峰の500ccクラスに転向。参戦5戦目のスポーツランド菅生で初優勝。翌年から、HRC契約となり「ロスマンズホンダ」の一員としてWGPに参戦。以後2年間ワークスライダーとして活動後、'90年にレース活動を休止。'94年にスポット参戦した鈴鹿8耐ではプライベートチーム最上位の6位に入賞。これを機に以後レース活動から完全引退し、以後ジャーナリスとして活動。
約20年に渡るライダー&ジャーナリスト活動で様々なタイプの市販車やワークスマシンに試乗、多くの専門誌に試乗記を執筆。さらに、元WGPライダーの知識と経験、情報収集力を活かしたテレビのレース解説には定評がある。

まず、鈴鹿8耐についての単純な疑問に答えておこう。

耐久レースは決められた時間でコースを何週回れるかを競うレースです。8耐について皆さんから一番多く質問されるのが、「8時間を過ぎた瞬間にレースが終わるのか?」という疑問ですね。
もちろん8時間を過ぎ段階でチェッカーを振る準備をしますが、レースは8時間を経過した時点で、一番初めにゴールラインを通過したマシンがトップということになります。
たとえば、8時間の時点で西コースを走っている人もいれば、1コーナーを走っている人も、ダンロップの下を走っている人もいる。だから、8時間と限りなくコース1周を走る選手もいれば、最終コーナー付近を走行中なら、ほんの数百メートル走っただけでチェッカーを受ける人もいるわけです。また、どんなに2位以下を引き離して週回数を重ねていても、ゴールラインを通過しなければ完走として認められませんから、最後の1周でマシンが止まってしまえば、結果はリタイヤになってしまいます。

鈴鹿8耐は、ライダーにとっても、チームにとっても、
メーカーにとっても、単なる耐久レースではない・・・!!

誤解を恐れずに言うなら、実は8耐は耐久レースではないんですね。
これはよく言われることですが、スプリントレースを8回走るのと同じということです。ライダーは通常2人で走りますから、1人4時間乗ることになりますが、ライダーからしてみれば肉体的にも精神的にも、スプリントを1日で4回やっているような状態です。もちろん、ワークスチームもワークスチームの側で、日本国内で開催されるレースとしては、世界的に最も有名なレースのひとつであるこの8耐に、各オートバイメーカーが企業の威信を賭けて必勝体制で挑んでくる。
耐久レースというのは、決められた時間を走り切り、とりあえずマシンをゴールまでもたせてチェッカーを受けるというのが、そもそもの始まりだったわけです。今でも海外には24時間耐久などもありますし、ゴールまでいかに無事にたどり着くかということがウエイトとして大きいわけです。その中にあって鈴鹿8耐は異質というか…、もう最初から最後まで全開で行くみたいなレースなんですよね(笑)。

耐久レースのスピード領域の常識を覆した
若手ライダー達のチャレンジ精神とパフォーマンス!

こうなったのは80年代の前半ぐらいから だと記憶しています。それには理由があって、 母国ではそこそこ名前は知られていても、世 界的にはまだ無名の若手ライダー、それもス プリントの選手達にとっては、日本の2輪メ ーカーのお膝元である鈴鹿のレースで一花咲 かせることは、世界に羽ばたくきっかけを掴 めるということか多分にあったのです。
彼らにとっては、8時間を漫然と走るので はなく、自分がどれだけ速いかをメーカーや レース関係者、観客達に見せつけるには打っ てつけの舞台だったわけですね。
ですから、予選から凄まじい事になって、 その延長線上で本番もガンガンに行くわけで すから、いつの間にか現在のようなスプリン トを8本走るみたいな、ハイスピードレース になってしまったということです。

『八代が斬る!』第2回