鈴鹿8耐の長い歴史の中でも 1985年のレースは、エポックメイキング的な存在。
8耐を語る上で忘れてならないのが1985年(第8回大会)にホンダのW.ガードナー/徳野正樹が優勝したときのレースでしょうね。 これは8耐の歴史の中でも屈指の名勝負と言われていて、当時は私も現役のライダーとして参戦していました。とは言えスタート直後は3番手を走っていたものの、早々に相方が転んでリタイヤしてしまいましたが…。 この年のレースは、GPを引退していたK.ロバーツが平と組んで復帰した大会で、序盤に大きく出遅れたのを、ケニーが怒涛の走りを見せてで首位を奪う。逆転されたガードナーも死に物狂いで追い上げたんですが、どうにも追いつけなくて、誰もがこのままヤマハの優勝かと思った残り30分を切ったところで、突然エンジンが潰れてリタイヤしてしまうわけです。それでガードナー/徳野が優勝。 日本人ライダーが8耐で勝ったのは、’82年の雨のレース(優勝:飯島茂男/荻原紳治)を別にすると、ドライコンディションで初めて優勝した記念すべきレースでした。
ライダーとしての意地がプライドが 1994年の壮絶なレースに決着をつけた!
それから、これは皆さんが見落としがちな名勝負だと思うんですが、1994年(第17回大会)にD.ポーレン/A.スライトが優勝したレース。この年は、A..スライトがカワサキからホンダに移籍した年ですが、前年の8耐でA..スライトは、S.ラッセルと一緒にカワサキで優勝してるんですよ。ところがスライトは、カワサキからホンダに移籍することになるわけです。 1994年のレースは、途中赤旗中断を挟んでが8耐史上初めての2ヒート制が導入された大会でしたが、カワサキのラッセル/ライマーとホンダのポーレン/スライトが最後の最後まで抜きつ抜かれつの大デットヒートを繰り広げて、1位と2位の差がものの1、2秒程度という接戦を制してポーレン/スライトが優勝した凄まじいレースでした。 このレース、最後に走っていたのはスライトでしたが、途中ラッセルに追い上げられて、普通に見ていたらラッセルが抜くと思わせる展開だったんですが、スライトが踏ん張って逃げ切ってしまったわけです。 このとき私は見ていて感じましたが、これはもうテクニック云々というより、スライトの意地の一言に尽きますね。2位を走っていたのがカワサキのラッセルでなければ、ひょっとしたら抜かれていたかも知れない。けれど、このチームだけには絶対負けない!抜かせない!というライダーの意地を感じさせてくれた熱いレースでした。
昨年の鈴鹿8耐でも、雨による上位陣の相次ぐ転倒が レース結果に大きな影響を及ぼした・・・!
印象に残ったという意味では、昨年のレースも(第28回大会)もスタート直後に雨がバッと降ってきて、主導権争いをしていた上位陣がバタバタ転んで混乱しましたよね。 レース結果を見ても1位の清成組が204周で、2位のが201周だから、3周も離れている。これはもうぶっちぎり状態です。 8耐は暑くて雨が降らないと思われがちだけれど、何年かに1度は突然大雨が降りだしたり、台風がやって来たり…。予選も含めて2日間を走りぬく8耐にとって、天気が変ることで路面状態が目まぐるしく変りますから、タイヤの性能や乗り方、交換のタイミングは、レース結果を大きく左右する要因の一つです。 天候や様々なアクシデントも含めて何が起きるかわからないのが8耐です。
今年の鈴鹿8耐のダンロップ勢の活躍を ダンロップを履いてレースに優勝した者の一人として心から応援したい!
日本人は得てして国内のレースやGPのことばかり見てしまう傾向がありますが、実際もう一つの大きな市場であるアメリカに目を転じて見るとダンロップが強いんですよ。これはもう圧倒的に強い。スーパーバイクなど大きいクラスでもダンロップの独壇場です。 それからイギリスのスーパーバイクも強いですね。UKダンロップっていうくらいで、ダンロップの元はイギリスですから。イギリスはマン島もそうですが、スーパーバイクの人気もレベルも共に高くて、いま一番パワーが出ているのがイギリスのスーパーバイクなんじゃないかな。 こうして考えるとダンロップ自体は十分に高いポテンシャルを持っているし、場所が違えば成績も残しているわけです。現状、大きなクラスでは苦戦しているけれど、そんなに悲観することはないと俺は思う。特に去年ぐらいから以前にも増して真剣にレースに取り組んでいて、勝とうとする姿勢がヒシヒシ伝わってきます。 俺も昔、TTF1ではダンロップを履いてチャンピオン(’84年)になった経歴があるから、これからのダンロップの活躍に期待している一人ですし、今年の8耐は大いに応援したいと思います。