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8耐にはたくさんの思い出があり、自分にとっては特別のレースです。若い時は、自分の我が強くて相手のことを考えることができず、ペアライダーと意地を張り合っていたような気がします。カワサキに入ったばっかりの91年、鶴田竜二と組んだときはそうでしたね。お互い「俺の方が!」って思っていた。ポジションから始まって、セッティングも譲らない。タイヤの選択もなかなか決まらなかった。それでも結果は4位だったのだから、勢いがあったのでしょうね。そして、ダンロップタイヤに助けられた部分が大きかったと思います。
その後も8耐では懸命に走った。だけど、なかなか表彰台は遠かったですね。海外から強力なライダーがたくさん来ていたし、メーカーもかなり力を入れていたと思います。そこで上位に食い込んで行くのは、今以上に難しかったのだと思います。
初めて表彰台に登れたのはスズキで、梁明と組んだ時でした。それも何度もトライして、トラブルやら転倒やらいろいろあって、2000年に2位になれた。さすがに歳もとっていたので、お互いに譲り合って、よりいいセッティングのために協力することを学んでいましたが…。
それでも2位になれた感動や喜びというよりは、勝てなかったという気持ちの方が大きかった。8耐の表彰台は、1位以外はおまけのような気持ちになりますね。たったひとつの順位の違いだし、表彰台の隣の位置なのに、天と地ほどの差を感じるのです。登ってみて分かったことですけどね。それでも、僕のライダー人生の中で、あの表彰台が唯一の8耐表彰台でした。あのときは、次は絶対に勝ってやるって思っていたし、このまま終わらないと誓っていたけど、最後まで勝つことができなかった。僕の人生に後悔があるとしたら、8耐で勝つことができなかったことでしょうね。
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