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8耐で一番印象に残っているのは2003年、ケンツで挑んだ8耐です。藤原克昭を呼び寄せてマシンを煮詰めました。ダンロップのスタッフも最高のサポートをしてくれて、テストからつきっきりで相談に乗ってくれていた。出来うる最大限のことを僕たちライダーも、チームスタッフもダンロップスタッフもやって挑んだ8耐でした。
本当にもう少しで勝てたところでした。トップのまま最後の走行を終えて、克昭にマシンを渡して、克昭も「よっしゃー」とピットを離れた。ヘルメットを脱ぎ、汗を拭いていたら、克昭が戻って来た。そこからマシン修復。長かったですね。時間が刻々と過ぎて、マージンが削られて行く。何が起こったのか、何がどうなったのか分からずに待つのは、たまらない気持ちでした。
克昭が最後の走行のために暗闇に飛び出して行って、とりあえずチェッカーを受けたけど…。優勝は消えてしまった。克昭を送り出した後、ピットはすすり泣きの声や、号泣する声が響いて…。スタッフのほうがつらそうでしたね。自分は泣けなかった。克昭を迎えて、チームハウスに戻っても話すことは何もなかった。出るのはため息ばっかりでした。天国から地獄というのは、このことかと思いました。正に悪夢のようでした。今思い出してもつらいです。
あのままエンジンがかかり続けていてくれたらと考えてしまいます。エンジンをかけるのに必要なセンサーのピンが折れていたそうです。だれのせいでもなく、ただ、そのピンが折れたというだけでした。
8耐は勝つことができなかった。24時間耐久では何度も勝つことができたのに、8耐は一度も勝つことができなかった。それだけ難しいレースだということです。僕は引退してしまいましたが、今年も8耐の勝利を求めてスズキのライダーたちは挑みます。スズキが優勝する姿を見たいので、僕もできる限りのサポートを誓っています。
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